【今こそ知っておきたい】思想家、内村鑑三が若者に説いた「伝説の講演」

偉人・人物伝

1894年、今から100年以上前、明治時代のとある夏の日、日本を代表する思想家・内村鑑三が当時の若者を集めて講演を行いました。その伝説の講演の内容を動きで分かり易く解説します。

この記事でわかること

●内村鑑三の若者に伝えたかったメッセージを知ることができる
●お金を後世に遺す人が心得ておくべきことが分かる

内村鑑三が若者に説いた言葉

内村がこの講演で語ったのは、「死ぬときに何を残すべきか」ということでした。意外にも内村は、第一に残すべきものはお金であり、第二には事業であると語ります。

内村鑑三の講演

事業をするのに、清らかな目的をもって財産をつくる人が出てこなければ、私たちの国に、本当の実業家がいないのと同じです。

憲法(大日本帝国憲法のこと)発布の際に貧困者200人に1万円……1人あたり、せいぜい50銭か60銭くらいのお金を配った人もいたようですが、そんな中途半端な慈善はしない方がかえっていいくらいです。

三菱財閥の岩崎弥太郎のような何千万円という財産家は、もしかしたら今後、慈善事業をするかもしれません。しかし、これまで社会的に大きな力を手に入れ、立派な家と別荘を建てたものの、日本の社会はそれによって何一つ恩恵を受けていません

今の日本で、実業家になって財産を築き、自分のためでなく、神の正しい道、宇宙の正しい法則にしたがって富を国家のために使うのだとしたら、本当の実業の精神が生まれたことになる。そうあってほしいと私は願っています。

それは、神学生が増えることよりも大事なことです。キリスト教信者の中に神学生が10人いたとしても、実業家は一人もいません。キリスト教信者が100人いても実業家はその中にひとりもいない。

1000人いて、やっと一人いるかどうかです。財産を築き、神と国のために尽くそうという正しく清らかな考えを持つ青年がいないのです。

紀伊国屋文左衛門は、百万両をもうけて、その百万両を自分のために使ってみたいと思って財産を築いたそうです。そういういやしい考えを持たず、百万両の財産を築いたら、それを神のために使ってみようと思うような実業家になりたいものです。

そして、そういう実業家がいてほしいものです。その願いはとても清らかな願いだと思います。

しかし、残念ながらそのように財産を築く才能は私にはないので、もしみなさんの中にそういう願いを持っている人がいるなら、神が自分に命じた考えなのだと思って、そのことを励みにがんばってほしいと思います。

教育に従事する人は、「お金をもうけるのはいやしいことだ」などと言って、事業をする人の足を引張らないでほしいのです。

誰もがお金をもうけられるわけではありません。さまざまな職業と同じで、お金をもうけることが天職という人がいるものです。そして、お金を有効に使える人にならなければいけません。お金は後世に遺すときに、遺し方を間違えると、後の世の人々にとって害になります。だから、財産を築くだけではなく、それを有効に使う必要があります

有名な資産家のジェイ・グールド(アメリカの鉄道資本家)は一生で2000万ドルの財産を築きました。しかし、取引先をあちこち倒産させ、親友4人が自殺しました。グールドには2000万ドルもの財産があったにもかかわらず、1000ドルすら慈善に使うことはなかったそうです。死んでも、ただ自分の子どもたちに遺産を分け与えただけでした。

グールドは、財産を築く才能はあっても、有効に使えない人だったのです。

お金を後世に遺す人は、財産を築いて、有効に使うという2種類の才能がなければいけないのです。

私は10年くらい前にお金持ちには絶対なれないと気づいたので、お金を遺そうとは思わなくなりました。私のようにお金もうけが下手だったり、財産があっても有効に使えない人は、後世に何を遺せばよいのでしょうか

それは、事業です。

事業とはお金を使うことです。誰かが一生懸命働いた努力の結晶がお金です。そのお金を事業に投資すれば、お金をもうけた努力が事業という形に変わって、事業を遺すことができます

財産を築く才能がなくても、事業家になれる人はたくさんいるのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました